愛媛県について

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愛媛県の歴史

愛媛県は奈良時代から戦国時代にかけて伊予国とよばれていた地域で、江戸時代に藩制となった際には他と比べて多数の小藩に分かれていました。愛媛県が瀬戸内海に面しているという土地柄のため水軍と関連が深い有力者が多く、平安時代に海賊として瀬戸内全域を支配していた藤原純友(ふじわらのすみとも)をはじめとして、元寇の際に水軍を率いて蒙古の大群を迎え撃った河野通有(こうのみちあり)、戦国時代に村上水軍の大将として君臨した村上通康(むらかみみちやす)などを挙げることができます。なお他に中世において有名な武将としては賤ヶ岳七本槍の一人であり松山城の築城を手がけた加藤嘉明や築城の名手と評され宇和島城他多数の城を築城した藤堂高虎などが挙げられます。

江戸時代に伊予八藩と呼ばれる小藩群に分割され、その後明治時代に様々な変遷を経て現在の愛媛県がほぼ成立しています。明治以降には日露戦争や日中戦争、太平洋戦争に参加した歩兵第22連隊が置かれました。また太平洋戦争時には神風特別攻撃隊が初出撃した地でもあります。戦後は松山市の国際観光文化都市指定や東予地方の新産業都市指定、愛媛全域のテクノポリス地域指定および昭和・平成の市町村合併などを経て、現在の愛媛県が形作られることになりました。